abrdn(アバディーン)の気候変動に関する最新の調査レポート「Investing in a just transition: a framework for investors(英語でのみ提供))」では、二酸化炭素排出ネットゼロ(実質ゼロ)への「公正な移行」の重要性に焦点を当て、「公正な移行」を実現するために特に企業、政府、投資家が取り組むべき行動を深堀りしています。同レポートは、これらのステークホルダーが一堂に会する場となった2023年にドバイで行われた第28回国連気候変動枠組み条約締約国会議(COP28)にあわせて発表しました。ネットゼロ移行に取り組むうえで、移行に伴う社会的課題を理解することが重要です。

グリーン投資のリスクと機会の管理において、企業、政府、資産の各レベルにもたらす社会的影響を考慮することが不可欠であり、abrdnは4つのステップからなる枠組みを提案します。世界的な低炭素エネルギーへの移行で最も影響を受ける労働者、サプライヤー、地域コミュニティ、消費者が確実に公平に扱われるための推奨事項もあわせて紹介します。

「公正な移行」とは何か?


「公正な移行」とは、CO2ネットゼロ社会への世界的な移行が社会の特定のステークホルダーに弊害をもたらさずに実現することを意味します。

例えば、ソーラーパーク(太陽光発電所)計画を推進しようとする企業の場合、「公正な移行」には、地域コミュニティとの協議と合意、さらにソーラー発電が生み出す経済的利益の地元住民との共有が求められます。

企業は、移行計画が人々にもたらす影響を明確に評価し、それぞれの意思決定にあたっては影響を受けるステークホルダーの意見を積極的に求めなければなりません。

影響を受けるのは誰か? その理由は?


abrdnの「公正な移行」に関するレポートは、ロンドン大学グランサム気候変動研究所(Grantham Institute)の分類法に基づき、労働者、地域コミュニティ、サプライヤー、消費者の4グループに焦点を当てています。

労働者、特に自動車製造や石油・ガスなどの産業では求められるスキルの変化や失業が想定されます。もちろん、エネルギー移行は新しい雇用の創造につながり、世界全体での実質効果はポジティブなものになると期待されます。

地域コミュニティでは、新しいエネルギー・インフラの建設や、多くの再生可能技術に欠かせない鉱物の採掘などにより、地元住民の生活環境の混乱が予想されます。いずれの場合も、影響を受ける地域コミュニティから「自由意思による、事前の、十分な情報に基づく同意(FPIC)」を得なければなりません。

サプライヤーもネットゼロへの移行による影響を受けます。サプライチェーンは往々にして人権リスクが潜んでおり、企業には、既存および新しい規制に基づいて必要なデューデリジェンス・チェックを受けることが求められます。例えば、欧州理事会と欧州議会は2023年12月に欧州連合(EU)域内におけるサプライヤー・チェックを義務付ける「コーポレート・サステナビリティ・デューディリジェンス指令」案の暫定合意に達しています。

ネットゼロへの移行は消費者も関係します。消費者に手の届かない新しい「クリーン」な形のエネルギーの開発は無意味です。生活を支えるエネルギー安全保障が最優先事項であることはこれからも変わりません。

政府の役割


「公正な移行」がもたらす混乱の大きさを考えると、企業や投資家が単独で移行に取り組むことは不可能です。社会における気候変動対策の推進に必要な政策の設定、財政支援、適切な社会的保護の提供に関して主導的な役割を担うのは政府です。

政策立案者である政府は経済全体を監督する立場にあり、財政政策、補助金、貿易協定、インフラ、規制、教育、社会保障など「公正な移行」を支援するうえで必要なツールの多くを管理しています。しかし、これまでのところ、政府の動きは鈍いままです。温室効果ガス削減目標を2022年10月時点で更新した国の数は170カ国に上りましたが、「公正な移行」に言及したのはそのうちのわずか65カ国(38%)にとどまりました。

そうした中でも、いくつかの国・地域では移行支援策がすでに導入されています。例えば、欧州委員会は、EU加盟国の中でネットゼロへの移行から最も影響を受ける地域の人々と企業に資金を提供する「公正な移行メカニズム(JTM)」を導入済みです。

支援のための政策に加えて、国によっては、ソブリン債を発行してネットゼロへの移行に必要な財源を確保するところがあります。実際、この数年間、「公正な移行」の推進を目的とするソブリン債の発行は増えています。

投資との関連


ネットゼロへの「不公正」な移行のリスクは、抗議運動の発生による地域全体の不安定化から、風評被害、罰金支払いによるコスト増、雇用不安、需要の減少まで、相当なものとなります。

こうした問題をポートフォリオ管理において無視すれば、深刻な風評被害と最終的には金融リスクを招いてしまう恐れがあります。

とはいうものの、投資機会も存在します。グリーン技術の観点から見れば、再生可能エネルギー・セクターが今後数十年にわたって急速なペースで拡大することが予想されます。

社会的観点では、「公正な移行」は適切に管理されれば多くの人々の貧困脱却、男女間、人種間、それに所得の不平等の軽減につながります。ただし、そのためには、働きがいのある人間らしい仕事と、きちんとした教育の機会を最も必要とする人々に提供しなければなりません。不平等の軽減は経済の長期成長に寄与します。

「公正な移行」への投資には、ソブリン債を含めて、様々な方法があります。これらは「公正な移行」がもたらす投資機会のごく一部です。

投資家のための「公正な移行」枠組み


「公正な移行」の要素を投資活動に織り込むために必要な4つのステップを紹介します。
  • 投資調査の統合(インテグレーション):これは、「公正な移行」投資に伴う財務的なリスクと機会を特定するためのステップです。abrdnは、企業の「公正な移行」への取り組みを評価するための参照指標として、世界最大級の温室効果ガス排出企業に必要な気候変動対策を取ることを促す投資家イニシアティブ「Climate Action 100+」による「Climate Action 100+ネットゼロ企業ベンチマーク」を使うことを推奨します。同様に、環境要素および社会的要素を国レベルで評価するツールの1つとしては、新たに発表された低炭素経済推進イニシアティブ「Transition Pathway Initiative(TPI)」よるASCORメソドロジー(ASCORはAssessing Sovereign Climate Opportunities and Risks=ソブリン気候機会・リスク評価の英語の頭文字)があります。
  • 企業とのエンゲージメント:企業の「公正な移行」対策に対する管理・推進に関する企業との対話は、重要なステークホルダーが関連する社会的課題について議論をする機会となります。abrdnの「公正な移行」に関するレポートでは、対話の出発点となる質問リストを紹介しています。補完資料として、世界主要企業のSDG(持続的な開発目標)達成状況をランキング付けして公表するイニシアティブ「World Benchmarking Alliance」による「公正な移行」に関する評価基準も役立ちます。
  • 資本配分と商品の整合性:インフラ、株式、ソブリン債等に資本を配分することで、「公正な移行」の促進に寄与することが可能となります。さらに、サステナビリティを重視したポートフォリオに投資することで、「公正な移行」基準を満たすことが可能になります。また、「Impact Investment Institute」の「公正な移行に関する基準書」には、「公正な移行」に関連する異なる要素間での整合性を測るための重要なパフォーマンス指標(KPI)が含まれており、有益な情報源です。
  • 政策提言とソブリン・エンゲージメント:投資家は、政策立案者である政府とのエンゲージメントを通して、「公正な移行」に関する政策基盤の強化に寄与することができます。さらに、「公正な移行」戦略をパリ協定において各国が約束した温室効果ガス削減に向けた「国が決定する貢献」(NDC)の必須項目として組み入れることを政策立案者である政府に働きかけることも可能です。

まとめ

「不公正」な移行は深刻な風評被害リスク、システミック・リスク、金融リスクをもたらすため、「公正な移行」は投資家、そして社会全体にとって重要です。

「公正な移行」に関連する課題について意思決定過程で確実に適切に対応するためにabrdnが提案する実践的なステップを推奨します。

重要なことは、政策立案者である政府が、「公正な移行」を実現するための適切な規制基盤とメカニズムの強化・提供することです。

理論を実践に変える――。COP28における最優先課題です。