TNFDの背景
投資家にとって、自然資本(私たちの経済・社会の土台をなす世界の自然資源)の利用に伴うリスクと機会の財務的な重要性はますます高まってきています。しかし、そうしたリスクと機会に関する企業の情報開示、およびそれらの管理は歴史的に不十分で比較が困難でした。
この問題に対処するため、自然関連財務情報開示タスクフォース(TNFD)は2023年9月に、自然関連情報開示に関するフレームワークの最終提言を公表しました。それには企業が自然に及ぼす影響と依存度に関する情報を開示する際の明確なロードマップとTNFDが推奨する基準が提示されています。資産運用会社にとって、比較可能なデータの入手が可能になるため、投資先企業に対するより精度の高い評価につながることが期待できます。
投資家にとってTNFDが重要な理由
TNFD提言は、企業が財務的に重要な自然関連リスクと機会に関する情報開示を行う際のグローバル・フレームワークになると期待されています。TNFDが提言したフレームワークに準拠する情報開示は現時点では任意とされていますが、一部の地域では義務化される可能性があります1。TNFDが推奨するコア開示基準は以下に関連する14のコア・グローバル開示指標からなっています。
- 自然関連への依存と影響(推奨される開示基準と目標B)
- 組織にとっての自然関連リスクと機会(推奨される開示基準と目標A)。フレームワークの最終提言では、持続可能な方法で管理されている土地、サプライチェーン、プラスチック汚染等に関連する基準が追加されました。ほかに、重要と認定されたものの、情報開示の対象として推奨するには詰めの作業が必要とされる2つが暫定基準として加えられました。
財務上の影響(図表1)を含めて、リスクと機会の情報開示の明確化は、資産運用会社が必要とする情報開示ニーズにほぼ合致しており、特に評価できます。
企業には、可能であれば、これらの基準を情報開示に含めることが推奨されようとしています。
図表1 TNFD提言のコア・グローバル開示指標と自然関連リスクと機会に関する基準
カテゴリー | 基準 |
リスク |
自然関連の移行リスクに対して脆弱であると評価される資産、負債、収益、費用(総額に占める合計額と割合) |
自然関連の物理的リスクに対して脆弱であると評価される資産、負債、収益、費用(総額に占める合計額と割合)。 | |
自然関連へのネガティブな影響が原因で当該年度に発生した重大な罰金/違約金/訴訟に関する記述および金額。 | |
機会 |
自然関連の機会に対する資本的支出、融資、または投資の金額を機会の種類別に開示。なお、開示は政府または規制当局、あるいは、関連性がある場合は、サードパーティである業界または非政府組織のグリーン投資タクソノミー(分類法)に準拠。 |
自然に対して実証可能でポジティブな影響をもたらす商品およびサービスからの収益の増加および割合を影響に関する記述を添えて開示。 |
企業による情報開示の改善が、財務的に重要な自然関連リスクと機会に関するabrdn(アバディーン)の分析精度向上につながるのは確かです。実際、TNFDのフレームワーク公表を受けて、abrdnでこれらのリスクと機会をどのようにポートフォリオで考慮しているのか、お客様からの問い合わせが増えています。
TNFDは資産運用会社の情報開示を支援するため、金融機関向け追加ガイダンスも公表しました。金融機関は、追加ガイダンスに沿って、a)重要な自然関連への依存と影響が生じているセクター、b)影響を受けやすい地域(センシティブなロケーション)へのエクスポージャーの特定が求められます。
abrdnのお客様は、自然環境の悪化に対するソリューションを提供する企業に重点を置く投資戦略の開発にも関心を示しています。この点について、TNFD提言の採用が有用なデータの取得につながると考えられます。
開示への準備状況
abrdnは2022年にPreserving natural capital – our approach for investments(英語でのみご提供)を発表しました。
また、abrdnでは、TNFD開示要件を満たすような利用可能なデータやソリューションについての評価を行い、業界全体および特定のお客様との協働を進めてきました。
さらに、abrdnは投資家によるエンゲージメント・イニシアチブに参加しています。TNFDの活動を支援しているNature Action 100や生物多様性のためのファイナンス財団(Finance for Biodiversity Foundation)のメンバーであることを誇りに思います。
データ・プロバイダーを評価してわかったこと
サードパーティ・プロバイダーからは広範囲のデータが提供されています。
- ESGデータ・プロバイダーは主として企業情報開示に特化したツールを提供しています。投資先企業を選び出すスクリーニングや投資先企業とのエンゲージメントに取り組むうえで有効です。
- 生物多様性フットプリントの提供会社は、ライフサイクルを分析するツールを提供しています。ほとんどのデータはモデル化されたもので、企業による生物多様性への影響を測定するために使われます。
- 地理空間データ・ツールは、企業が特定の地域における最も重要な課題を把握するうえで役立ちます。資産運用会社にとって、企業の設備所在地や業務拠点に関する正確なデータは不可欠です。
そのほかにオープンソースのオンライン・ツールであるENCORE(Exploring Natural Capital Opportunities, Risks and Exposure)があります。ENCOREは英シンクタンクのグローバル・キャノピー(Global Canopy)、国連環境計画金融イニシアチブ(UNEP FI)、および国連環境計画世界自然保全モニタリングセンター(UNEP-WCMC)が開発し、その維持管理も担っています。TNFDが対象とするセクターの主要な自然関連への影響と依存について把握するうえで重要なツールです。
しかし、これらのツールにはかなりの限界があります。
まず、企業による自然関連の情報開示そのものが依然として極めて限られています。今のところ、ソリューション・プロバイダーはプロキシ・データまたはモデル化データに依存せざるを得ません。
次に、生物多様性フットプリントでも、インパクト・モデルへの著しい依存が不可避となっています。特に、プロキシ・データに基づく場合、または重要な特定地域の自然関連リスク評価の場合、単一スコアでは不十分となります。
さらに、ENCOREを活用して作成するヒートマップにも弱点があります。それは、ENCOREのデータベースからは特定の企業または地域に関する情報を得ることができないからです。そのため、追加のリサーチが必要になります。
最後に、財務とインテンシティに関する各種データが注目を集めています。ポートフォリオ構築やベンチマーキング分析に有用ですが、そうしたデータについても正確な測定と解釈が不可欠であることには変わりはありません。
abrdnでは、abrdn自身のニーズとお客様のニーズに合致するデータを様々なプロバイダーから得る必要があります。しかし、いずれのデータも大規模な使用には不向きです。なお、abrdnはモデル化データに大きく依存した情報開示やそれをベースとする自然関連目標の設定は控えるべきだと考えています。
今後の取り組み
段階的なアプローチ(図表2)を用いて主要な自然関連リスクと機会の評価を開始するために必要なデータは既に十分存在しています。
第1段階 2023年 | 第2段階 2024年 | 第3段階 2025年 |
リスクの理解: ENCORE等のツールを活用して、自然への影響と依存が潜在的に大きい投資先に関するヒートマップを作成。 情報の強化: 既存データとリサーチを活用して、特に地域に関する企業独自の情報を強化。 エンゲージメント: abrdn独自のヒートマップで浮き彫りとなった優先度の高いセクターの企業を中心に、企業独自の実態の理解を強化。 |
追加データの継続的なレビュー: TNFDに準拠する情報開示に向けたツール開発を支援するため、進化するソリューションのレビューやフィードバックを実施。 | TNFD情報開示: abrdnのポートフォリオ全体を対象に最も重要な自然関連への依存と影響に焦点をあてた最初の年次TNFD情報開示を予定。 ベースライン: abrdnの財務と生物多様性に関するコミットメントに沿う目標設定のためにベースラインを作成。 エンゲージメントの促進: 2023年中に特定されるエンゲージメントの優先事項に関する透明性を向上。 |
まとめ
現在利用しているデータ・ソリューションやデータ・プロバイダーから提供されるデータに対し将来必要になるデータを調査したところ、モデル化データへの依存度が高いことが判明しました。そのため、情報開示水準の向上は必須です。TNFDが関連フレームワークを公表していますが、Nature Action 100のようなエンゲージメント・イニシアチブやそれらを通した影響力も重要になってきます。
地域に関するデータは依然として不足していますが、潜在的なリスクを明らかにする初期ヒートマップの作成に必要なデータは現時点でも十分に入手可能です。そうしたデータの活用に焦点をあてるべきであり、複雑または地域に特化した自然関連リスクを十分にカバーできていない可能性があるモデル化の度合いが極めて高いデータに基づく分析は避けるべきだと考えています。
abrdnは、TNFDが公表した最終提言の自然関連情報開示フレームワークに準拠する段階的なアプローチを推奨しています。段階的なアプローチであれば、情報開示やソリューションを速やかに変更する必要が生じても迅速な対応が可能で、モデル化データに基づく開示基準または開示目標への「駆け込み」を回避することができます。
- G7財務相会議はTNFDへの支持を表明済みです。「G20サステナブル・ファイナンス・ロードマップ」でも言及されています。