要旨

  • これまで、多くの投資家にとってESGといえば、主にガバナンスを指していました。しかし近年は、企業業績におけるEとSの重要性が高まっているとの認識が広がっています。
  • サステナビリティ関連の規制導入を受け、特に欧州において特定の債券種別に対する選好と需要が高まっています。
  • 同時に、サステナビリティ投資の手法は、一律に除外するネガティブ・スクリーニングから、将来を見据えたポジティブ・スクリーニングやエンゲージメントへと移行しつつあります。
  • 気候変動において、投資を継続し、企業行動に変化を促すことで、より大きなインパクトの達成が可能です。
  • すべての企業がESGデータを報告するために必要なリソースを備えているわけではありません。大きなインパクトを持つ企業を評価する場合などは特に、実践的かつ包括的なアプローチが必要です。
国連グローバル・コンパクトが発行した影響力のある報告書「Who Cares Wins(思いやりのある者が勝利する)」において、環境・社会・ガバナンス(ESG)の概念が取り入れられてから今年で20年目を迎えます。この20年の間で投資におけるESG課題の存在感が増し、ESG概念の適用が大きく進化しました。本稿では、最近の先進国クレジット市場で生じているサステナビリティ投資慣行の変遷について紹介します。

最近のESG分析には、別個ではあるものの、相互に関連し合う3つの傾向があります。第一に社会および環境的配慮の役割の増大、第二に規制によるクレジット市場における需要の促進・形成、そして、第三に(ネガティブ・スクリーニングから)サステナビリティ志向の高い投資家が現実世界でのより大きなインパクトの達成が可能となるような洗練されたアプローチへの移行、の3つです。

Gに対してSとEの存在感が高まる

過去20年にわたり、ESG分析の中心となってきたのはガバナンスでした。ESGのGは最も「従来型の」要素であり、最もインパクトがわかりやすい要素です。そのため投資家は、業績に最も重要な指標はガバナンスであると安易にみなしてきました。企業のサステナビリティと長期的な成功には、強固なガバナンス慣行が不可欠です。取締役会の構成員、役員報酬、リスク管理方針などに注目し、企業の健全性と安定性について総体的な洞察を提供するものとみなし、クレジット分析において重視してきました。

しかし近年、環境および社会的要因の重要性に対する認識が投資家の間で高まっています。まず社会的要因について見てみると、格付け会社ムーディーズの2021年の格付けアクションの84%が主に社会的要因を理由としており、主として新型コロナウイルスの影響によるものであると指摘していました。2022年、新型コロナの影響が後退するに伴い、この割合は69%に低下したものの、パンデミック前の水準を維持しています(参考までに、2019年の民間セクターのアクションについて同様の基準でみると社会的要因はわずか20%にすぎませんでした)。次に環境要因について見ると、ESG要因を主要因として挙げた2022年の格付けアクションのうち25%で環境リスクが言及されており、これは2021年の12%から倍以上に増加しました。

こうした数字は、社会リスクがガバナンスリスクと同じく重要であることや、環境リスク重視の姿勢が高まってきていることを示唆しています。今日の急速に変化する世界情勢の下、長期的な価値創造と効果的なリスク管理の推進におけるESGのEとSの重要性はますます高まっています。

規制の効果

環境および社会的要因の重要性が増す中、ESG投資に対する考え方は変化しており、特に欧州で顕著に変化しています。欧州のサステナビリティ規制は、他の先進国、特に米国より厳格で、遵守しない場合、収益性の低下や資金調達コストの上昇につながる可能性があります。また、消費者の嗜好の変化や規制措置の強化も企業に影響を及ぼします。一方、サステナビリティ慣行の卓越した企業は、他より優れたパフォーマンスが可能です。これは私たちのようなファンド・マネジャーにとってリターン創出の重要な要素です。その重要性は今後ますます高まっていくでしょう。

ESG規制の強化は、各セクターの資金調達コストに大きな影響を及ぼしています。石油・ガス産業を例にとると、座礁資産リスクなど、エネルギー移行を巡る不確実性を受け、長期債のバリュエーションが過去水準よりも低下しています。さらに、達成が疑問視される排出削減目標やグリーンウォッシュなども課題となっています。二酸化炭素の回収・貯留といった技術の拡張性や有効性に対する懐疑的な見方が、こうした課題にさらに拍車をかけています。一方、再生可能エネルギーなど実行可能かつ拡張可能な技術への投資は、成果が現れるまでに時間を要し、また需要に対応できないとみなされることが多く、石油・ガス産業のサステナビリティ目標に向けた進展を妨げています[1]。

こうした動きはサステナビリティの促進という広範な社会目標に一致するものである一方、特に移行を促進する産業においては、微妙な影響が生じる点も考慮が必要です。例えば公益事業セクターでは、化石燃料の発電利用への監視がEUタクソノミーなどの規制により強化されていることから、炭素集約型企業への投資が敬遠されています。この傾向はパリ協定に沿った炭素集約度削減目標とベンチマークを重視する動きでさらに強まっており、二酸化炭素排出量の少ない企業に投資資金がシフトしています。

しかし、こうした規制は、高排出産業への投資が一様に避けられるなど、予期せぬ結果をもたらす可能性が懸念されます。こうした動きが生じた場合、高排出産業でありながら排出量削減で先端を行く企業が不利益を被り、サステナビリティ目標の進展が妨げられるリスクがあります。例えば、再生可能エネルギーインフラに積極的に投資している公益企業が、従来の化石燃料利用を理由に資金調達コストの上昇を余儀なくされる可能性があるということです。こうした課題はあるものの、以下の図表1に示すように、公益事業セクターは2020年代末までに最も大幅な炭素排出削減を達成すると予測されています。一部企業は依然として石炭発電に依存していますが、多くの大手電力会社は2030年までに石炭発電を段階的に廃止していきます。

図表1:セクター別2030年までの炭素排出削減割合(スコープ1および2)

一部産業では環境への悪影響を理由とした資金調達コストの上昇はやむをえないものの、一律に除外するネガティブ・スクリーニングは、移行プロセスの足かせとなり、サステナビリティに重要な役割を果たす産業のイノベーションを妨げるリスクがあります。したがって、規制はサステナビリティ慣行の促進に極めて重要な役割を果たす一方、産業横断的に効果的かつ公平な移行を担保するには、細やかなアプローチが不可欠です。

スクリーニングからの前進

サステナブル投資には長年ネガティブ・スクリーニングが適用されてきました。一定のESG基準を満たしていない企業を除外することで、投資家の価値観に合ったポートフォリオ構築を目指す手法です。

しかし、このアプローチの有効性には疑問の声があります。たとえば、環境への取り組み実績が不十分な企業を売却すると、そうした企業に直接インパクトを与える機会を放棄したことになり、真の変化をもたらす機会を逃すことになるからです。

最近では、より総合的なアプローチに移行しつつあります。2020年以降、ESGインテグレーションがネガティブ・スクリーニングに代わってサステナブル投資の最も一般的な戦略として広がってきました。「ESGインテグレーション」とは、ESG課題をすべての投資分析と投資判断に取り入れる手法です。ネガティブ・スクリーニングもタバコやギャンブルなどの分野をすべて除外する目的で引き続き行われていますが、ESGインテグレーション手法は、過去のデータを理由に特定の企業が投資不可と判断されるのを回避することができます。慣行が改善しつつある産業においては、ESGの出遅れ企業を一律に排除するのではなく、ESGリスクをより細やかにとらえる方向に変わりつつあります。投資判断に将来を見据えた視点を取り入れることで、ポートフォリオの投資根拠を補完します。

これを環境および社会的インパクトの観点から見る方法もあります。「グリーン移行」に取り組み始めたばかりの企業は、サステナビリティ重視の投資家からの支持を失えば、環境に配慮した慣行を取り入れるモチベーションが大幅に低下します。このような場合、ファンド・マネジャーが与えることができるインパクトを考えることが重要です。サステナブル投資家が「純粋に」再生可能エネルギーを扱う企業を支持する場合、それはその企業に対して単に既存の取り組みを継続するよう求めているのと同じことです。しかし、投資したセメントメーカーに対して排出量実質ゼロのプラントの試験導入を求めれば、はるかに大きなプラスのインパクトを与えることになります。

同じように、炭素排出量の高い鉄鋼企業を投資対象から一律に除外する方法もあります。しかし、クリーンエネルギー・インフラの建設には鉄鋼が不可欠です。そのため、低炭素、あるいは最終的にはネットゼロに移行しようとしている鉄鋼企業であれば、自社の排出量を削減すると同時に、再生可能エネルギー・プロジェクトに資材を提供することで、広義の排出量削減に貢献していることになります。投資家がこのような企業を支援すれば、それはポジティブな動きを下支えしていることになります。

ESGインテグレーションの恩恵を受けている企業の例として、ポルトガルの公益会社EDPが挙げられます。同社は一貫して野心的な排出目標を設定・達成しているものの、収益の5%が石炭事業から発生しているため、石炭発電を足切り要件とする運用戦略では投資対象となりません。しかし、同社は今後2年以内に石炭事業を段階的に廃止し、2030年までに排出量を2015年比98%削減する計画を進めています。また、それまでに世界最大級の風力発電会社となる見込みです。EDPを投資対象から除外するのではなく保有することで、より大きなプラスのインパクトを目指すことが可能です。同社を支援することで、エネルギー転換の加速に貢献していることになるのです。

ESGへの取り組み開始が間もない企業に注目することも、より高いリターンを期待できる方法です。バークレイズの最近の調査によると、ESG基準ですでに高いスコアを獲得している企業よりも、サステナビリティを大きく改善した企業のほうが高いリターンを達成していることが示されています。ESGの「チャンピオン」のみに投資する戦略は、リターンを得る大きな機会を逃すかもしれません。

データ格差から発生する投資機会

クレジット投資家が検討すべき究極の事項は、同一のESG基準をすべての発行体に適用することが有効かということでしょう。ここでは、発行体がハイイールドであるか投資適格級であるかが関係してきます。ハイイールド発行体は比較的小規模または若い企業であることが多く、専任のESGチームやグリーンボンドの枠組み、またはサステナビリティ・レポート作成のリソースが不十分な場合があります。

つまり、サステナビリティにコミットしている企業でも、ESGへの取り組みを証明する手段に欠けていれば投資家に見過ごされてしまうかもしれません。Ardagh Metal Packagingがその例です。同社は無限にリサイクル可能な金属製飲料缶を製造していますが、つい最近までESG情報の開示では遅れをとっていました。しかし、同社の事業内容は特に循環経済と廃棄物削減の分野においてサステナビリティ原則と強く一致しています。図表2で示すように、同社のリサイクル事業における2022年のCO2 排出量は、バージンマテリアル比で推定370万トン削減されました。

図表2:Ardagh Metal Packagingの排出量削減(tCO2e)

これは、ESGが単なるチェックボックスではなく、重要なものであることを示しています。綿密なリサーチに代わるものはありません。そして、ESG開示が限定的であってもESG慣行の優れた企業を発掘することができれば、開示が改善して市場から広く注目される前に投資することで、アウトパフォームの機会を獲得することができます。

健全な進化

ESGの概念は一部批判があるものの、順調に30年目に向かっています。ESG投資が成熟するに伴い、そのベストプラクティスも進化を続けています。最近の市場動向は、リターンを高め、リスクを軽減し、最終的にすべての人にとって社会および環境を向上させるために、投資家がサステナビリティ投資アプローチに磨きをかけ、改善し続けていることを示しています。